残された家族が葬儀や納骨を取り仕切るという時に、幸せな思い出をたくさん思い出してもらえることが大切

大好きだった祖母の葬儀と納骨の思い出
大好きだった祖母の葬儀と納骨の思い出

残された家族が葬儀や納骨を取り仕切るという時

例えば災害にあって命が助かって幸せだと思っても、時間とともに先の不安を感じたり、仕事がなくなったと絶望を感じることもあるでしょう。せっかく災害で命が助かっても、時間がたったあとに自ら命を断ってしまう人も多いのは、幸せということが相対価値だからだと思います。実は何をどれだけ所有しているのかということは、幸せの基準ではないってことのように思いました。ようするに、心の持ちようってことなんでしょうかね。どんなことに関しても日々幸せだと思うことによってその人は幸せなのかも知れませんね。もしもわたしたちが最後の日を迎えて残された家族が葬儀や納骨を取り仕切るというときに、幸せな思い出をたくさん思い出してもらえることが大切なのだと思います。

たまにふらふらと寄り道して帰ることが、贅沢な時間を過ごしているんだなということに気づかされました。幸福ってしてもらうものじゃなくて気づくものらしいのです。どうやら、どんな不幸な人の人生の中にも幸せって日常的にあるものらしいですよ。そして、それに気づくかどうかが幸せになれるかどうかということのようです。世の中って実はそういう単純なものなのかも知れませんね。人は人生の中で色んなレベルの欲求をするものですが、結果的には自分の見方ひとつで幸せかどうかってことが違ってくると思うからです。1つ1つ幸せを積み重ねていけるような人生を歩みたいですね。家族にも同じ想いを持ってもらいたいですね。

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